会社譲渡の方法は主に2つ——株式譲渡と事業譲渡の定義
会社を第三者に譲る方法として、本記事では株式譲渡と事業譲渡の2つを取り上げる。呼び名は似ているが、譲る対象も、譲渡後に手元へ残るものも異なる。
中小企業庁の中小M&Aガイドラインは、中小M&A(会社や事業を第三者に引き継ぐ取引)を、会社法上の組織再編である合併・会社分割に加え、株式譲渡・事業譲渡を含む各種手法による第三者への事業引継ぎと位置づけている。合併や会社分割まで視野に入る幅広い概念のうち、本記事はこの2つを扱う。
株式譲渡は、オーナーが持つ株式を買い手に渡す方法である。中小企業基盤整備機構のJ-Net21は、株主が変わるだけで従業員・取引先・金融機関との関係は変化しないと説明している。会社という器はそのまま残り、その持ち主が入れ替わる形だ。
事業譲渡について同じくJ-Net21は、個々の資産ではなく、企業運営に必要な設備・知的財産権・顧客などをまとめて譲渡する手法と整理している。譲るのは事業であり、会社そのものは売り手の手元に残る。
取引の当事者にも違いがある。事業譲渡は法人間で事業を取得する取引、株式譲渡は個人株主から法人または個人へ経営権を移す取引という位置づけになる。
承継される範囲・債務・許認可・税金はどう違うのか
2つの方法の差は「何が原則そのまま引き継がれ、何を一つずつ手当てするか」に集約される。事業譲渡では資産・負債・契約を個別に承継していく。株式譲渡の場合、会社の資産・負債・契約関係は原則そのまま継続する。この違いが、債務・許認可・従業員・税金それぞれの扱いに表れる。
| 比較項目 | 事業譲渡 | 株式譲渡 |
|---|---|---|
| 承継される範囲 | 資産・負債・契約を個別に承継する | 会社の資産・負債・契約関係が原則そのまま継続する |
| 簿外債務 | 個別に承継するため、譲受側が簿外債務を引き継ぐリスクが低い | 資産・負債・契約関係は原則そのまま継続する |
| 債務の移転手続き | 対象債務の債権者の同意が必要 | 負債を含む契約関係が原則そのまま継続する |
| 契約・許認可 | 契約書の巻き直し、許認可の再取得や名義変更が必要 | 契約が原則継続し、既存の許認可も引き継げる |
| 従業員 | 従業員一人ひとりから個別に同意を得る必要がある | 株主が変わるだけで、従業員・取引先・金融機関との関係は変化しない |
| 課税 | 資産の譲渡とみなされ、課税資産部分に消費税がかかる | 個人株主の譲渡益は申告分離課税で税率20%(所得税15%・地方税5%)が目安。復興特別所得税は別途 |
買い手の視点で語られやすいのが簿外債務の扱いだ。事業譲渡は個別承継のため、譲受側が簿外債務を引き継ぐリスクが低い。
一方、譲渡側の手間は事業譲渡のほうが重くなる。債務を移すには対象債務の債権者から同意を得る必要があり、金融機関や取引先との交渉が個別に発生する。従業員の個別同意、契約書の巻き直し、許認可の再取得や名義変更も避けて通れない。契約数や許認可が多い会社ほど、この負担は膨らむ。
税金の面でも差が出る。事業譲渡は資産の譲渡とみなされ、課税資産にあたる部分に消費税がかかる。譲渡価格の交渉とは別に、この負担を条件に織り込んでおきたい。個人株主が株式譲渡で得た譲渡益については、申告分離課税で税率20%(所得税15%・地方税5%)が目安となり、復興特別所得税が別途加算される。
手続きの流れと所要期間の目安
譲渡の方法をどちらに決めても、進み方の骨格は準備・交渉・最終契約の3フェーズに整理できる。交渉フェーズでは、ノンネームシート(社名を伏せた概要資料)や企業概要書(実名を含む詳細資料)を作成し、基本合意を経てデューデリジェンス(買い手による調査)へ進む。
第三者への承継は、事業評価・価値算定、買い手の選定と交渉、デューデリジェンス、契約締結、従業員・取引先への周知という順に進む。最終契約を締結したあとには、株式や財産の譲渡と譲渡対価の支払を行うクロージングの工程が控える。
flowchart TD
A[準備フェーズ<br/>事業評価・価値算定] --> B[交渉フェーズ<br/>ノンネームシート・企業概要書の作成<br/>買い手の選定と交渉]
B --> C[基本合意]
C --> D[デューデリジェンス<br/>買い手による調査]
D --> E[最終契約フェーズ<br/>契約締結]
E --> F[クロージング<br/>株式・財産の譲渡と対価の支払]
F --> G[従業員・取引先への周知]
期間の目安として公開されている数字は、2つの方法で測っている区間が異なる。事業譲渡は目的の明確化から行政届出・許認可の再取得まで約9ステップで進み、全体では半年から1年以上の余裕を持ったスケジュールが推奨される。株式譲渡で示されるのは、契約締結から決済までに前提条件を履行する期間として1〜2か月程度という目安であり、これは全工程のうちの一区間にあたる。前者は手続き全体、後者は契約から決済までを指すため、この2つの数字を並べて長短を比較することはできない。
進み方の違いは手続きの単位に表れる。事業譲渡は資産や取引ごとに個別の移転手続きが必要で、規模が大きいほど煩雑になりやすい。完了までの期間も案件の規模、契約数、許認可の有無によって変わり、個別の承継手続きが多いほど想定より長引く。株式譲渡は事業譲渡に比べて手続きがシンプルで、短期間で完了しやすいとされる。
自社のスケジュールを見積もるなら、契約の本数や許認可の種類など、個別の手続き量を左右する要素を先に洗い出しておくと精度が上がる。
自社はどちらに向くか——条件別の選ばれ方
判断軸は、会社を丸ごと引き渡すか、資産・負債・契約を個別に選んで引き渡すかの一点にある。前者は株式譲渡、後者は事業譲渡が出発点となる。
| 自社の条件 | 選ばれやすい方法 | 条件から見た理由 |
|---|---|---|
| 会社に不安のある債務がある | 事業譲渡 | その債務を渡す対象から外し、引き受けてもらう範囲を一件ずつ決められる。渡す場合は債権者の同意が要る(J-Net21) |
| 許認可が事業の前提になっている | 株式譲渡 | 許認可を受けている主体そのものが入れ替わらず、事業の前提を取り直さずに済む(民間仲介会社の解説による) |
| 一部の事業だけを譲りたい | 事業譲渡 | 資産・負債・契約を個別に承継する方式のため、譲る範囲を対象の資産・契約に絞り込みやすい(J-Net21) |
| 従業員をそのまま引き継いでほしい | 株式譲渡 | 雇用主である会社が入れ替わらず、現在の勤務関係がそのまま続く(J-Net21) |
| 早く手続きを終えたい | 株式譲渡 | 資産や契約を一件ずつ移し替える作業を挟まず、会社ごと引き渡せる(民間仲介会社の解説による) |
リスクを避けて会社を手元に残すなら事業譲渡、手続きを滞りなく進めたい、あるいは繰越欠損金(過去の赤字を将来の黒字と相殺できる税務上の繰越)を活かしたいなら株式譲渡が選ばれやすい。
この表は初期の当たりを付けるためのものである。最終的な判断には法務・税務の専門家の関与が前提となる。
後継者不在率50.1%——譲渡を検討する人が置かれた状況
方法を絞り込む前に、足元の数字を確認しておきたい。2025年の全国の後継者不在率は50.1%で、前年から2.0ポイント低下した。改善は7年連続である。おおよそ半数の企業が後継者の決まらない状態にあり、譲渡を検討する立場は特殊な事情ではない。
承継の中身についても数字がある。2025年の事業承継動向において、M&A(会社や事業を第三者に引き継ぐ取引)による承継は19.2%だった。2023年の実績を0.2ポイント下回り、4年ぶりの低下となっている。
裏を返せば、承継の約8割はM&A以外の形をとっている計算になる。M&Aは承継手段の一つであって、既定路線ではない。親族内での承継や社内の人材への引き継ぎといった選択肢と並べ、自社の事情に照らして比較する姿勢が出発点になる。
方法を決める前に使える無料の公的相談窓口
譲渡の方法を絞り込む前段階で、費用をかけずに使える窓口がある。
事業承継・引継ぎ支援センターは、全国10か所の地域本部と沖縄事務所を通じて、親族内承継支援・第三者承継支援・後継者人材バンクの3事業を無料で提供する公的機関である。譲り先の候補を探す段階なら、日本政策金融公庫の事業承継マッチング支援も使える。こちらは事業を譲り渡したい方と譲り受けたい方をつなぐ、無料のマッチングサービスにあたる。
ただし、第三者への承継は事業評価・価値算定から買い手との交渉、契約締結、従業員・取引先への周知まで、各段階で法務・税務の専門家が関与するのが大半だ。公的窓口で全体像と進め方をつかみ、自社の株主構成・借入・許認可に踏み込んだ検討は個別の専門家と並走させる形が現実的である。
自社の状況ではどちらの方法が向くのか、具体的な条件に当てて確認したい場合は、無料相談・譲渡診断をご利用いただきたい。ご相談内容は秘密厳守で取り扱う。
